一つひとつの植物から、やんばるを見つめる
Shin Ota — Founder, Mille Plateaux
25年という時間を経て、再びやんばるの風景を見たとき、私はそこに多くの変化を感じた。
植物の姿が変わっていた。
以前とは違う緑が目に入り、見慣れていたはずの風景が、どこか違って見えた。
それだけではなかった。
使われなくなった建物が目につき、人の数が減り、子どもたちの姿も少なくなったように感じた。海に目を向ければ、かつて見ていた生き物たちも少なくなっているように思えた。
私が記憶していたやんばると、目の前にあるやんばる。
その二つの風景の間には、確かに25年という時間が流れていた。

自然は変わる。人の暮らしも変わる。
その変化のすべてを、ひとつの理由で説明することはできない。
けれど、私の心に残ったのは、ただ懐かしいという気持ちだけではなかった。
この土地を形づくってきたものは何だろう。
私が美しいと感じてきた風景は、何によって生まれていたのだろう。
そして、その記憶を未来へつなぐことはできないだろうか。
考えを重ねるうちに、私の意識は、風景を構成する一つひとつの植物へと向かっていった。
一本の植物の中にある風景
遠くから見れば、森はひと続きの緑に見える。
木々も、シダも、蔓も、草も、ひとつの大きな風景の中に溶け込んでいる。
けれど、その緑の内側には、数えきれないほどの植物が存在している。
茎から広がる葉。シダが描く構造。南国の植物が持つ厚みや曲線。それぞれの植物が持つ、固有の形。
植物には、一つひとつ異なる姿があり、成長の時間があり、周囲の環境やほかの生命との関係がある。
私たちが風景として眺めているものは、そうした無数の存在と、そのつながりによって形づくられている。

私は、その一つひとつを、もっと深く見つめたいと思った。
一本の植物をじっくり見つめることは、森から目をそらすことではない。
むしろ、森を理解するための、もうひとつの入口なのだと思う。
保存加工という挑戦
植物の姿を残したい。
その思いは、やがて保存加工技術への探究へとつながっていった。
従来の保存加工技術では、すべての植物を同じように扱えるわけではない。
特に、厚みや水分を多く含む構造を持つ一部の南国の緑色植物には、加工の難しさがあった。
その難しさこそが、研究の出発点になった。
植物を観察し、試験を重ね、加工方法を探る。
植物ごとに異なる構造や特性に向き合いながら、これまで保存が難しかった形態を、どのように残すことができるのかを考え続けてきた。
それは技術的な問いであると同時に、技術だけでは語れない問いでもある。
植物が生きて成長する時間を離れたあとも、その特徴的な姿が存在し続けるとしたら、私たちはそこに何を見いだすだろう。
保存された植物は、普段なら見過ごしてしまう細部に目を向ける機会を与えてくれる。
背景の緑としてではなく、ひとつの存在として植物と出会い直す機会を。
もちろん、保存加工によって植物が永遠に変わらなくなるわけではない。自然素材は時間とともに変化し、生きた生態系の関係そのものを再現することもできない。
それでも、植物を見つめ、記憶し、学ぶための、新しい方法にはなり得ると思っている。
面から点へ
風景を見るとき、私たちは個々の植物より先に、その全体を認識することが多い。
山肌は緑の斜面に見える。森はひとつの樹冠に見える。道端の植物は、ひとかたまりの草木に見える。
けれど、その中にある植物を、一つひとつ認識し始めたらどうだろう。
ひと続きだった緑の面が、異なる形を持つ植物の集まりとして見えてくる。
シダは、ただの緑ではなくなる。
蔓は、単なる下草の一部ではなくなる。
それぞれが、観察し、名前を知り、問いを持ち、理解を深めることのできる存在になる。
面として見ていた風景から、点としての植物へ。
この視点の移動は、Mille Plateauxの活動の中心にある。
そして、そこで終わりではない。
植物を個々の存在として認識できるようになると、今度はそのつながりが見えてくる。
どんな環境に育ち、どんな生命と隣り合い、どのような条件の中で生きているのか。
風景から植物へ。
植物から関係へ。
そして、その関係を通じて、もう一度風景を理解する。
私は、そんな学びの循環を生み出したいと思っている。
記憶を未来へつなぐ
植物の姿を保存することと、生きた生態系を守ることは、同じではない。
保存された植物が、生きた森の代わりになることはないし、ひとつのオブジェクトが、やんばるや世界各地の環境課題を解決するわけでもない。
その違いを、私たちは大切にしたい。
Mille Plateauxの仕事は、生きた自然への敬意と、その環境が変化していることへの意識から始まっている。
研究すること、つくること、表現すること。
そうした創造的な営みが、自然への関心や理解、そして大切にしようとする気持ちにつながる方法を探している。
保存された植物は、デザインの素材になるかもしれない。空間を構成するオブジェクトになるかもしれない。研究や観察の対象になるかもしれない。
でも、それだけではない。
普段なら見過ごしていた植物に気づくこと。
その植物がどこで育ち、何とともに生きているのかを知ろうとすること。
風景を支える関係について考えること。
そんな小さな出会いの積み重ねが、地球という生命のつながりを、より身近に感じるきっかけになればと願っている。

ともに探究する
Mille Plateauxの出発点には、私自身がやんばるで感じた変化と、そこから生まれた問いがある。
けれど、今、この探究を支えているのは私一人ではない。
植物の研究と保存加工技術の開発。機械技術による製造工程の改善。加工技術の継承と製造の実践。人や企業との関係づくり。そして、活動を継続するための経営基盤。
異なる専門性を持つ仲間たちが、それぞれの知識と経験を持ち寄り、Mille Plateauxの仕事を育てている。
私個人の思いから始まったものが、今では、チームで共有するひとつの姿勢になっている。
私たちは、まだすべての答えを持っているわけではない。
植物を観察し、試験を重ね、人と協働する。その過程で、保存加工の可能性と限界の両方を学び続けている。
やんばるに根ざしながら、私たちが向き合う問いは、この土地だけにとどまらない。
変わりゆくものの美しさを、どう見つめるのか。
科学的な探究と創造的な実践によって、自然への理解をどう深められるのか。
何を未来へ伝えることができ、何を生きた世界の中に守り続けなければならないのか。
その問いを、これからも持ち続けたい。
植物の姿を残すことは、風景の記憶を未来へつなぐ、ひとつの方法だ。
自然の代わりをつくるためではない。
自然を、もう一度深く見つめるために。
太田 紳
Mille Plateaux 創業者
Yambaru, Okinawa
